動物細胞のタンパク質合成について
抗体産生促進因子を考える上で、動物細胞のタンパク質合成、特に分泌タンパク質の合成メカニズムを理解する必要がある。真核細胞においては、核内でDNAからmRNAへの転写が起こり、mRNA は細胞質に運搬される。細胞質に運ばれたmRNAは、粗面小胞体における翻訳過程、ゴルジ体における修飾過程、さらに、分泌顆粒を介した分泌過程に分類できる。タンパク質合成、特に分泌タンパク質の合成促進を考慮に入れた場合、粗面小胞体上でのmRNAからペプチド鎖への翻訳過程が重要となる。
mRNAのタンパク質への翻訳は、遊離型リボゾーム、あるいは粗面小胞体に結合した膜結合型リボゾーム上で行われる。遊離型リボゾームで翻訳されるタンパク質は、細胞質タンパク質、核内タンパク質、ミトコンドリアタンパク質など、非分泌性のタンパク質である。一方、抗体などの分泌タンパク質、細胞膜タンパク質、リソソームタンパク質をコードしたmRNAは、膜結合型リボゾームにより翻訳を受ける。しかし、非分泌タンパク質と同様に、分泌タンパク質をコードしたmRNAの翻訳も遊離型リボゾームで開始される。分泌タンパク質の場合、翻訳された最初の20〜30個のアミノ酸配列はシグナルペプチドと呼ばれ、分泌タンパク質の行き先の選別、すなわちターゲティングに関与した領域である。このシグナルペプチドがリボゾームから現れると、シグナル認識粒子(Signal Recognition Particle; SRP)がこの配列を認識し、リボゾームは合成中のポリペプチド鎖を結合したまま、SRPを介して粗面小胞体上のSRPレセプターに結合して膜結合型リボゾームとなる。したがって、遊離型リボゾームと膜結合型リボゾームには、その性質に違いはない。
粗面小胞体上で伸長しつつあるポリペプチド鎖は、粗面小胞体内腔へと送り込まれる。このとき、N末端側にあるシグナルペプチドは、シグナルペプチダーゼによって切断される。さらに、粗面小胞体内腔では、N結合型糖鎖基本構造の付加、ジスルフィド結合の形成、フォールディングが行われる。ペプチド部分の合成が完了した分泌タンパク質は、次にゴルジ体へと運ばれ、さらに修飾を受ける。ゴルジ体は、シス、中間、トランスの3つのコンパ−トメントに分かれ、それぞれ特有の機能がある。タンパク質の糖鎖修飾反応に関連した機能については、シスゴルジでは糖鎖のリン酸化、中間ゴルジではマンノースの除去とN―アセチルグルコサミンの付加、トランスゴルジではガラクトース、およびシアル酸の付加がそれぞれ行われる。さらに、粗面小胞体で付加されたN結合型糖鎖の修飾に加えて、O結合型糖鎖の付加もゴルジ体で行われる。
ゴルジ体の各コンパートメントを膜移動する間に分泌タンパク質には様々な修飾が施され、最終的にトランスゴルジにおいて最終的な行き先選別(ターゲティング)が行われる。分泌タンパク質はトランスゴルジで著しく濃縮され、分泌顆粒を形成する。分泌顆粒に内包される形で分泌タンパク質は細胞膜へと移動し、分泌顆粒と細胞膜の膜融合・膜開裂を経て細胞外へと分泌される。分泌の調節に関しては様々なメカニズムが考えられるが、Bリンパ球が最終段階まで成熟し、抗体産生に特化した形質細胞は、非調節的に抗体の分泌を行っているとされている。
細胞の物質生産性を上げるには、mRNAへの転写段階の促進、翻訳段階の促進、修飾段階の促進、分泌の促進など、様々なステップが考えられる。分子生物学的な手法を基にした高生産株の作出は、基本的には強力なプロモーターを用いた転写活性の促進が主となる。一方、翻訳段階以降の、いわゆるタンパク質合成段階の促進には、翻訳調節因子の培地中への添加が有効であると考えられる。そこで、ハイブリドーマ細胞およびリンパ球の抗体タンパク質の合成を促進する抗体産生促進因子の検索、さらにその作用機構について考察する。